The Holy of Holies

ひたすら自分に優しい日記




最近読んだ本の中で、1番面白かったというか脳を揺さぶられたのが『ペドロ・パラモ』です。
恥ずかしながら私はこの名作を今頃初めて読みました。アウチッ。

メキシコが生んだ偉大にして寡作な作家フアン・ルルフォがこの小説を発表したのは今から60年前。
60年前に書かれた小説は色褪せるどころか、読み終わってみれば逆に今書店にあふれている小説のほうが色褪せて見えるという、名作といわれる作品が放つ異次元の輝きにひたすら感動している次第です。

文庫の表紙に載っているあらすじをご紹介しますと・・・


ペドロ・パラモという名の、顔も知らぬ父親を探して「おれ」はコマラに辿りつく。しかしそこは、ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町だった……。
生者と死者が混交し、現在と過去が交錯する前衛的な手法によって紛れもないメキシコの現実を描き出し、ラテンアメリカ文学ブームの先駆けとなった古典的名作。



この小説は70の断片で構成されていて、それが精緻かつ強引に積み重なり、異空間を作り出し、それらを繋げ、物語の過去と現在をぐるぐる回って、現実のメキシコの空気を想像させ、結局のところ死に落ち着く。
この死というのはそれで終わりといった終止符ではない、「死んでいる」といった現在進行形の死で、虚無と混沌の世界の住人になるといったニュアンスです。
いろいろな事件が断片的に起こり(そう語られているから)、いったいどうなっていくのだろう、どういうことなのだろうと読み進め、読者が読み終わった時点で物語はすべて閉じられ、過去のものとなり、小説世界は完璧な円環を構築するのでした。
物語は、死んで「いる」物語として見事に完結するのです。

始め読んだときは「こういう書き方もあるんだ」とブッ飛んでしまいました。
そして、小説ってすごいなぁと感動しました。
作者のルルフォはメキシコの人で、そういえば最近、映画でもメキシコやラテン・アメリカの人たちが活躍していますよね。
今年のアカデミー賞獲った『バードマン』のイニャリトゥもメキシコ人。
文学ではガルシア・マルケスがラテン・アメリカですね。
マルケスはこの『ペドロ・パラモ』に大いに触発されたらしいです。
あとラテン・アメリカだと有名な『蜘蛛女のキス』もあるか。

乾燥した大地と密林と、生け贄を捧げ天体を読んだ神話と、侵略と蹂躙の歴史と、根深い貧困と犯罪、こういうバックボーンがどのくらい影響しているのかはわかりませんが、あの大陸だからこそ、あれらの作品が生み出されるのではと安易に考えてしまうのでした。
発想が欧米とは別次元。優劣ではなく、文化の違いを激しく感じるというか。

イニャリトゥ監督について少し。
『バベル』がよかった。けれど、これと同じエピソードというか銃のオチでは黒澤明の『デルス・ウザーラ』には及ばない。ラストのあの喪失感はどうよ。明サイコー。
とはいえ『バベル』はまったく別のテーマ、ストーリーなので比べるのは問題外だと思う。申し訳ない。
『バベル』で何が1番よかったかというと、ラストに教授の「美貌の青空」をもってきたことだろう。
あのセンス。たまらねぇ。天才。
もし未見の方がおられたら、映画ではなく「美貌の青空」を聴くことをおすすめ。
するとどうでしょう、この曲がラストに流れる映画とは、しかもブラピつき、これは一体、となって見たくなる。
かもしれない。すいませんすいません(>ω<、)

というわけで、『ペドロ・パラモ』もよろしければ・・・
ペラい本ですし、本編読まなくても、巻末の解説だけでもどうぞ。
この解説も名文です。

いや~、小説って面白いですね。
この世界に小説があって本当にヨカッタ(T.T)


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