The Holy of Holies

ひたすら自分に優しい日記

林家木久扇師匠、ばんざい!



4部が始まりました!

「動けば雷電の如く、
 発すれば風雨の如し。
 衆目騒然、あえて正視するなし。」

バーイ伊藤博文。
伊藤からこう評された人物こそ、高杉晋作であります。
雷電と風雨に例えられるとは、どんな人だったのだろうと思わず目を瞑って想像してしまいます。
そんな雷電と風の如き抽象に人としての形を与えたかのような、伊勢谷氏の高杉晋作でした。

というわけで、主人公は龍馬でも主役は高杉晋作という回だったのでは。
高杉晋作かっこよ杉。
三味線座頭市かと思いました。
これ他の人が他の役でやったら単なるバカですが、伊勢谷晋作だと「そんなバナナ」と思いながらも「かっちょええ~」となってしまうから不思議ふしぎ。
とにかく三味線片手に戦場を進む姿は、龍馬伝の中でも屈指の名シーンに入るのではないでしょうか。
てっきり三味線が仕込み三味線になっているのかと思ったら、別の腕で刀を使っていましたね。
片手に三味線、片手に長刀。
おまえはどこの座頭市か特撮ヒーローとか思っちゃいましたが、やっぱり惚けるほど絵になっているのがすごすぎる。
伊勢谷友介がやばいくらい絵になるのは、この人がきっちりそう演じているからですよね。
表情の作り方、見せ方、それらを絶妙のアングルで捉えているカメラマンの確かな技術と、絶妙なカット割りで見せる編集の妙技。
撮影しているほうも編集する側も楽しいんじゃないかな。
私がカメラマンだったら高杉ばかり撮影していると思います。
それほど伊勢谷晋作は、立っているだけで独特の雰囲気があるし、絵になりますもの。

映像も素晴らしかったです。
逆光に高杉晋作の黒いシルエットが浮かび上がった戦いのシーンは、スタッフの美意識にただただ圧倒されました。
3部は映像美と音楽ばかりが先行して、脚本がそのクオリティについていけない印象があったのですが、すべてがかっちりはまると、このような神回になるのですよね。
4部は龍馬最期の一年を怒濤の勢いで描くとのことなので、この調子でガンガンいってほしいです。

逆に3部は、4部10回で最期の一年を描くための調整であのようなスカ(失礼)になったのだろうか。
大人の事情というか、諸般の事情で盛り込みたいエピソートも盛り込めなかったといこともあるかもしれませんが、それにしても幕末ですよ。
どこをつついても面白い時代なのに、実にもったいない構成をしたものです。
もっと長州をじっくり描いてもよかったし、幕府についても多角的に描いてほしかった。
大体あの慶喜はちょっと典型的なバカ殿すぎて、逆にこっちがバカにされている気がする。あんな描き方はなかろう(TДT)
慶喜をもう少し怜悧で、頭が切れすぎる故に諦念と現実逃避を持たざるを得ない人物像にしてくれたら、もっと深みが出たのに。
容堂でそういう面を描きたかったみたいですが、これはミスキャスト。容堂にそういう役割を担わせるのはスケールを小さくさせるというもの。これは慶喜で描いてこそ意味があることだと思う。
亀山社中の面々にしても、個人個人にもう少しスポットを当ててほしかったです。
いやそれよりも、龍馬がいつどんな知識を得て、どう見聞を広げて成長していったのかを具体的にあまり描かれていないのが痛い。
龍馬と関わりあう人物や出来事をもう少し描いてくれたら、なぜ龍馬がスケールの大きい考えを持てたのか、大勢の人間から一目置かれる存在だったのかが納得できるのに。
というか、主役をきっちり描くって難しいことなんだなぁとこのドラマでしみじみ感じました。

それはともかく晋作でございます。
晋作は三味線が必須アイテムだったみたいですよね。
いつも三味線を抱えていて、どこからか逃げ出すときも三味線抱えていて、もう片方の腕には女を抱えていたそうですよ。(愛妾のおうのですねん)
「三千世界のカラスを殺し ぬしと朝寝がしてみたい」
なんて詠んでしまう人ですからね。
その三味線をここぞという使い方をしていて、演出過多が逆にらしさを出していたように感じました。
伊勢谷晋作は何でもアリなんですね~。

で、晋作が唄っていた歌ですが、

「わしとお前は焼山葛 うらは切れても値は切れぬ」

という歌だったでしょうか。
ちょっと確認できなかったのですが、もしこの歌詞だとしたら、これは山縣有朋が詠んだ歌に晋作が返した歌です。
高杉晋作と山縣有朋は親友みたいなものでした。
今回の第二次長州征伐にも山縣は参加しているし、晋作とともに奇兵隊を支え、晋作亡きあと奇兵隊を指揮しました。
そして晋作がいまわの際に言った言葉が、山縣を気に掛けた言葉だったのであります。
龍馬伝に残念ながら山縣有朋は出てこないようですが、高杉晋作、そして奇兵隊といえば、山縣有朋を思い浮かべます。
そんな山縣を、晋作の歌で存在させてくれたのだとしたら、なんという胸に沁みる演出なのか。

山縣有朋、このときは狂介と名乗っていますが(松陰先生の影響)、山縣にとって高杉晋作は終生忘れられない存在だったはずです。
憧れでもあったろうし、兄でもあり友でもあり、戦友でもあり、若き日の象徴そのものだったことでしょう。
同世代に晋作みたいな人間がいて、ともに行動し、夢を語り合い、でも必ず自分の前を歩き、たった28歳で風のようにこの世から去ってしまった人間がいたとしたら、一生その人を胸に抱き続けるのではないでしょうか。
あなたは~私の~青春~そのもの~♪というものだったのではないかなと想像しています。

山縣が晋作のことを詠んだ歌↓

「ひさご酒 君がすすめしありさまは
 目にも耳にもなお残りけり」

なんか・・・泣ける。

山縣が乗り気でないのに奇兵隊に入ることになったときに、
「呉竹の世に うきふしの杖の笠 
 おもひ立つ身の うれしかりける」
という「訳の分からないので有名」な歌を詠むのですが、その返答に詠んだのが、「わしとお前は焼山葛」の歌なのでした。
ドラマで唄っていた歌は別の歌詞かもしれませんが、もしこの歌だったらこれは本当に嬉しいです。
山縣は出せないけれど、せめて歌で添わせたいというスタッフの心遣いに涙が滲みます。
違っていたら、それこそイヤン、バカンですけど。

ビジュアル的には大変よろしかったこの回ですが、我に返ると本当にイヤン、バカンな回でもあるのですが、長くなったので続く。


大変、ありがたくも勿体ない拍手などを頂戴しております。
昨日、今日と慌ただしくなってしまいましたので、御礼は改めてさせてくださいませ。
情けない限りで、申し訳ありません・・・

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