The Holy of Holies

ひたすら自分に優しい日記

しつこくみほとせの感想デスよ!

まず吾兵について少し。(そこからか)

ほかの登場人物たちが実在していたのに対して、吾兵だけ架空の人物でした。
で、いろいろ想像しようとしたのですが、掛川のどこの村出身なのかがナゾだったので、適当に考えてみました。

まず吾兵という名前は、吾兵自身は片仮名で「ゴヘイ」と認識していたのではないかと想像しています。
この時代の村人は片仮名を使うことが多かったことと、吾兵自身が信康に読み書きを教えてくれるよう頼んでいるからです。
とはいえ吾兵の家がどいうい家柄だったのか、村の大きさ、父親の立場などがわからないので、もしかすると「吾兵」と名づけてもらったのかもしれない。
ただおそらく「ゴヘイ」だったんじゃないかなーと。

で、信康が刀剣男士から逃されて、掛川のお百姓として生きる道を選び、「吾兵」と名乗ることを決めたとき、この漢字を当てようと決めてくれたら、とーてーも感動。
吾の兵と書いて、吾兵ですよ。
信康にとって吾兵がどれだけ大事な存在だったか、よーく伝わるというものです(´;ω;`)

吾兵の家族が悲劇的な最期を迎える戦とは、1568年の家康が掛川城を攻撃して、1569年に開城させたという戦だったと予想。

掛川はもともと今川の家臣・朝比奈氏が治めていた土地なのですが、その朝比奈氏と今川氏真を追い出したのが徳川家。
その徳川家の兵士にすぐなろうとする設定に、この時代の民衆の逞しさを感じた。
と同時に、純粋な善人があっけなく命を落とすという、いったいこの人の人生ってなんだったのだろうと思わせる虚しさもありました。
ほんとに可哀相だった(´;ω;`)
吾兵は家族全員、戦で失って、それでも徳川家が家族みたいな存在になっていたらいいなと思いました。

この掛川城主・朝比奈泰朝は一説によると酒井忠次に仕官したという説があるそうな。
青江の家臣になっていたのな。

掛川という土地は交通の要所だったので、昔から戦が絶えなかった土地だったそうです。
吾兵は戦によって翻弄される民衆の象徴だったのだろうな。

ちなみに2部のライブでいちばん太鼓をリズミカルに叩いていたのが吾兵だったな。
役者さんがダンサーでもあるので、動きがいちいちかっこよかったです。


・・・今日は吾兵で力尽きた。
ほかのキャラはまた次回・・・
掛川城は母方の祖母の家系が修理したりしているので、掛川が出てきて嬉しかったです。


拍手とコメントを戴いております。
どうにもこうにも体力が尽きてしまいまして、また改めて御礼させていただくことをお許し下さい。
ダメ刀に拍車が掛かってしまって反省しきりです(>ω<、)

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